ぽんこつブログ

ただの備忘録とひとりごと

深澤辰哉に降りた話

深澤辰哉に降りた話。



深澤辰哉という人間を認識したのはいつ頃だろうか。恐らく2007年前後だったのではないかと記憶している。


第一印象は「ブサイク」だった。


元々KAT-TUN担だった私は自担が気持ち悪いくらいに薮宏太を溺愛していたゆえに、Ya-Ya-yahはもちろん、当時並列で良く出されていたJ.J.Express、そしてその頃のJr.を牽引していたA.B.C.とKis-My-Ft2等に関しては熟知していた。


当時のJ.J.Expressは割とイケメン揃いだったと思う。ここで私が言うJ.J.Expressはやまゆとがいたチビ組ではなく、兄組のことだ。

特に高木、橋本の実年齢に似合わない大人っぽさがとても好きだった。今となっては人気俳優の仲間入りをした浅香もかなりの美少年だったように思う。センターの伊野尾や有岡もそれぞれキャラが立っていたし、亀井も金八先生に出演する等、推される要素はたくさんあった。


その中にぽつんと、お世辞にもイケメンとは言えずキャラも確立されていない、深澤辰哉がいた。正直「目立たない人」として認識していた。


その後の変遷はご存知の通り。Hey!Say!JUMPのデビューやA.B.C-Zの結成等、様々なことが起こった。


私も自担の留学やらソロ活動やら…まぁ色々あり、2009年にはKAT-TUNからA.B.C-Zに降りた。


その頃には深澤辰哉はJr.Boysを経てMis Snow Manというグループを結成していた。立ち位置的には「エビキス」の次に来るくらいにはなっていて、高校生になったメンバーはそれはもう今ではびっくりするくらいのチャラつきようだった気がする。


2010年には滝CHANnelが始まり、そこで深澤辰哉衝撃の第一波が私に襲いかかるのだ。


そう。あの「ドッキリ企画」だ。そこで泣き崩れる深澤辰哉を見て私に衝撃が走った。



「か、かわいくなってる…!」


あのブサイクは?!ブサイクな深澤辰哉はどこへ?!?!と混乱するほどの美人っぷり。女優張りの泣き顔。


ここから深澤辰哉に対する印象が「ブサイク」から「何となく気になる」存在へ変わった。


その後もベースはA.B.C-Zでありながら遠目でSnow Manを見てきた。

2011年に公開された初主演映画「HOT SNOW」は劇場へ足を運び、DVDが発売されれば予約して購入した。因みに特典のボンフィンの色が紫で、今になってちょっとした偶然を感じる。


そして深澤辰哉の印象を再び変える、衝撃の第二波が私に襲いかかる。


それは2012年、新春滝沢革命。

この年の革命はA.B.C-Zのデビュー年であり、A.B.C-Zからは戸塚祥太しか出演していなかったものの、私は例年通り劇場に足を運んだ。

初めて、自担がいない滝沢革命を観た。


そこで私は深澤辰哉に目を奪われた。


「ふっかってこんなにガツガツ踊る子だったっけ?」


2012年の滝沢革命で誕生した滝沢組曲は、まさに群舞。その中でもパッと目を引いたのが深澤辰哉だった。こんなにガツガツ踊る深澤辰哉を、私は知らなかった。


それからもベースA.B.C-Zのスタンスは変わらず、相変わらずゆるゆるとおたくをしていた。


2013-2014年の帝国劇場の新春舞台は滝沢革命からJohnny's Worldというよくわからないトンチキ舞台に変わった。それでもそこにA.B.C-Z、Snow Manがいたから、私は舞台に足を運んだ。


後々、とある雑誌で深澤辰哉は言う。この時に踊ったWinter loverという曲でダンスが楽しくなったと。


確かに楽しかったのだと思う。Winter loverを踊る様子は見ている私すら笑顔になってしまうほどだったから。


2014-2015年のJohnny's Worldでは突然のお見送りガチャで深澤辰哉を引き当て、益々「深澤辰哉気になる」が急上昇。気付いたら目で追っているレベル。


じわりじわりと深澤辰哉が私を蝕んでいく。と、同時に橋本良亮を追わなくなり始めた。というか、橋本のソロコンが終わり、ABC座が終わった辺り、年末くらいか。そのくらいから橋本良亮から笑顔が消え始めた。個人仕事がないからか、お飾りセンターとさえ言われ始めた焦りか。とにかく、見ていられなくなった。私の好きな橋本良亮がどんどん離れて行った。気付いたら、ニコニコ笑って楽しそうにお仕事をしている深澤辰哉に視線が奪われていた。



そうして、滝沢歌舞伎2016の幕が上がる。案の定、深澤辰哉しか見れない。この人を追いたい。そんな気持ちが膨らみに膨らみ、爆発したようにコロコロと深澤辰哉に転がり落ちた。



橋本良亮は感情が全面に出るタイプだった。同期のデビューを見送ったことも、それが辛かったことも話している。


でも深澤辰哉は逆だ。J.J.Expressの中で一番最後まで取り残されたのは彼だ。しかし、A.B.C-Zデビューの際の特番で彼は、同期の橋本良亮の成長をただ純粋に喜んでいた。

ふわふわ、へらへらしているように見えて包容力の塊である。


仕事へのプレッシャーで体重が激減したこともあるというから、彼がどれだけ影で色々なものを抱えているかなんて、数いるおたくのうちのたった一人である私がわかることなんてできないだろう。


ただ私は、この人を応援したい。義務でも何でもなく、この人を見ていたい、もっと見たい。素直にそう思える存在になっていた。




私は割と激重おたくだし、最初の自担が本当に型破りすぎて語学留学とかソロ活動とかに敏感だから、安心して追いかけていたい気持ちが強いところがある。


この人なら安心して追いかけられる気が、今はしている。



とりあえず、私が今思うことは、キラキラ輝いてステージに立つ深澤辰哉が魅力的で、私の心を盗んでいった、たった一人の盗っ人さんだということだ。




誕生日おめでとううううう!!

24歳のふっかちゃんに幸あれ!!



私が深澤辰哉に降りた話〜完〜